ドイツで『ダ・ヴィンチコード』からベストセラー1位を奪取したという作品。
この上中下巻に連なるように巻かれた帯の惹句に惹かれて
購入したといっても過言ではありません。
が、それは大正解でした。
ノルウェー海で発見された異様な生物の異常行動。
世界中の海で船に襲い掛かるクジラやオルカの群れ。
ロブスターや蟹の体内に入り込んだ凶暴な病原体は猛威を振るい、
そして、前代未聞の大津波が北欧の街を飲み込む。
これらの海洋生物と海の超自然現象と形容される一連の惨劇に
世界中の有能な科学者がアメリカの指揮の下に集結し、
解決策を練って人類の存続をかけて対処していくが…。
この作品の象徴的だと思うシーンがあります。
作中、1人の登場人物が津波に巻き込まれて命を落とします。
迫り狂う高波に襲われるなか、様々な感情がその人物の頭を過ぎります。
恋人のこと、恋人になれなかった親友のこと、キャリアのことなど。
そんな未練に満ちた思いに同情の欠片も寄せることなく、
怒涛のように押し寄せた高波は、轟々と、そして淡々粛々と
その人物の無念の情を、生命を飲み込みます。
そこには海の意思が見て取れます。
「人間の都合など知ったことか」と。
誕生以来、他の多くの生物を都合よく殺め続け、
地球の生態系を破壊してきた人類に対する
強烈なしっぺ返しを明確に示唆した一冊であると言えます。
ちなみに、海を前にすると様々な感情が収斂し、
私などはどことなく厳かな気持ちになります。
これは地球の7割を占める海の深くに存在する未知なる何かを本能的に畏れ、
その畏怖の念が無意識的に脳の大部分を占めるからではないか、
読後に作者の意図するところを思い、しみじみと考えました。
祖父が漁業で身を立てていた私にとっては
特にそんな強迫的な観念をDNAの奥底で受け継いだのかもしれない、とも。
ところで、アマゾンの書評を読んでいると、
「登場人物が多すぎて分かりにくい」
「登場人物の感情描写が多すぎて余計」の2点が目に付きます。
前者は確かに翻訳作品への慣れが必要ですが、
後者は作者の確信犯的な試みだという気がします。
前述したように人間感情など一顧だにしない海の都合を
より一層対照的に際立たせるための仕掛けでしょう。
登場人物が多いのなら自作のメモでも作って整理すればいいですし、
いずれにしろ、どちらとも作品の質を低くするほどではありません。
唯一の欠点は、この作者からすれば当然ですが、
「捕鯨」で日本を著しく批判している点にはほとほと辟易しました。
日本が長く育んできた大切な食文化なんですが、
作者からすれば海洋生物の、ひいては海全体、地球全体の
安全を脅かす自殺行為的な愚かな行動でしかないのでしょう。
「鯨は頭がいいから殺すな」という
一部の馬鹿げた捕鯨団体の主張と同じではないことを心から祈ります。
バイオ・サスペンスというのが一番正しいような気もしますが、
海洋学、環境学はもちろん、哲学、神学についても考えさせられる
スケールの非常に大きな傑作。
映画化も決定しているようで、どんな大作になるのか楽しみです。